Mr.JOURNEY

旅人的キャリアを突き進む小学校教員の雑記ブログ。

汚部屋は解消できる。片付けは才能がなくてもできる。



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今これを書いているiPadProの近くには一つのコップが置いてある。

置いたのは自分。理由は水を飲むため。

入っていた水は既に全部飲んだものの、席を立つのが面倒でそのまま置いてある。

でもこの記事を書き終えて席を立った時、自分はきっとこのコップを片付けるだろう。

それは何故か。

何もない机の上に置かれているコップがとても異質で目立つ存在だからだ。

 

そもそもこのコップは何故我が家にあるのだろう?

そうそう、確か前に使っていたコップを落として割ってしまったんだ。

うちの家族でコップを使うのは自分と嫁の2人だけ。

我が家にあるガラスのコップはこれを入れて3つ。

子育て中で三食全ての食器洗いとまではなかなか辿り着かない今の我が家にとって、このコップは1年365日毎日必ず使われているフル稼働アイテムだ。

 

たまたま目に入ったコップ一つでこの400字近い文章。

決して面白半分に書いたわけじゃない。

このコップの「存在感」と「使用頻度」。

これらには汚部屋とストレスと停滞感と肥満から人間を救い出してくれる重要なヒントが詰まっている。

 

 

物のない場所を作ると片付けがしたくなる

目の前にあるコップは明らかに目立っている。

理由は、テーブルの上にiPadProと1個のコップ以外何も無いからだ。

仮にこのテーブルにコップが5個置いてあったら今あるこのコップは目立つだろうか。

間違いなく今よりも目立たないだろう。

もっと言えば、このテーブルにコップが5個と本が4冊と皿が2枚とついでにテレビのリモコンと雑誌も乗っかっていたら、このコップは絶対に目立たない。

その状態で自分が記事を書き終えてiPadProを抱えて席を立ったとしても、ついでにこのコップを片付けようとは思わないだろう。

何故ならそのコップには異質感がないからだ。

テーブルにコップが置かれているという状況に「慣れ」てしまうからだ。

テーブルに物が置いてあるという状況が当たり前になっているからだ。

もちろん行動力と常識と正しい生活習慣を持ち合わせている多くの大人は当然のように潤沢な行動力を使ってこれらを片付けるのだろう。

でも自分はだめだ。それができるのならこの人生、こんなに苦労はしていない。

自分だけじゃなく、汚部屋傾向のある人間はきっとこの意見に共感してくれるだろう。

 

物の無い状態は、そこに何か物が転がり込んだ時に、その物に強烈な異質感をもたせてくれる。

異質感があるからこそ、それを排除してまた物のない状態に戻したいと思わせてくれる。

さぁ思い切って全ての行動力を使い果たしてテーブルの上だけでもまっさらに片付けてみよう。

その次からは不思議なくらいに片付けに手が伸びるようになる。

片付けられない自分が居なくなり、片付けている自分がいる。

少しばかりの自信がもてる。

きっとこの感覚を共有できると思う。

 

部屋に置かれた物の正体は脳内メモリを占有する常駐アプリ

物の無い状態というのはそれ自体がとても心地良い空間でもある。

思い出してみよう。

あなたが今住んでいる部屋、まだ引っ越し業者が荷物を入れる前の状態で初めて足を踏み入れた時、その広さに快適さを感じなかっただろうか。

床に寝っ転がるだけで幸せを感じなかっただろうか。

また、旅先で旅館に入り部屋に案内された時、最低限の物しか置かれていない畳の部屋に快適さを感じなかっただろうか。

いかに物に囲まれた状態が人間にストレスを与えているのかが良く分かる例だ。

 

人の脳は間違いなく物にストレスを感じるようにできている。

所有している物が増えれば増えるほど脳のメモリは「物の管理」という常駐アプリに占有されていく。

そして管理できる物の量は人それぞれ違っていて、中でも汚部屋を作ってしまう自分のような人間は、それが一般人に比べて極端に低い脳の持ち主なのだろう。

だったら持ち物を減らせばいい。

金が無いと思った時に収入を増やすのではなく固定費を減らそうというあの論理だ。

思い切って物を減らした先には、自分の脳が持つ本来のメモリが解放された、一味違う生活が待っている。

 

 

じゃあ何を捨てる?それは使用頻度が教えてくれる

今の我が家は結婚出産育児を経た結果、独身時代に比べだいぶ物が多い。

そのうち機会を見つけて整理したいと思うが、少なくとも今目の前に見えているコップを捨てることは無いだろう。

今の自分達にとって「大切なもの」だからだ。

ほぼ毎日使われ続けているからだ。

ではそのモノサシで部屋にある他の物を見渡してみると…

たまにしか使わないようなものがある。そういうものは押入れ行きで良い。

1年近く触ってもいないようなものがある。それは捨ててしまおう。

勿体ないと思うかもしれない。

確かに捨てるのは勿体ない。いつか使う日がくるかもしれない。

でもそうして物を残すということは脳内メモリを常駐アプリに占有させ続けるという最悪なデメリットがあるということを考えたい。

どれだけ脳内がモノに支配されているかは、一度物の無い部屋に住んでみればすぐに理解できる。

何なら旅行にでも行ってみればいい。すぐに理解できる。

 

 

残ったものは大切なもの

物を減らすと本当に大切なものが浮き彫りになる。

しつこいようだがこのコップはできるだけ割らずに使いたい。

そして物を減らすことに慣れてくると、今度は物を増やすことに対しても慎重になる。

今から買おうとしている物は本当に必要なのか、熟考を重ねるようになる。

そうやって買ったものだから、大切に扱う。

「あれ〜、俺のiPadPro、どこにやったっけか〜」

なんてことは死んでも言わない。

筆記用のペンも、適当なものを何本も持つぐらいなら、こだわりの一本でいい。

ミニマリストの考えに触れることで、本当に大切なものを見極める目をもつことができる。

 

さいごに

自分を汚部屋生活、不健康、金欠、紛失癖から救ってくれた本を紹介します。

今回の記事もこの本を久々に読み返した結果テンションが上がって暴走気味に書き殴ったもの。

自分と同じような境遇の人間がこの一冊を通して1人でも自信と健康と快適な生活を取り戻せますように。